たいへん人気の高い、長唄「鷺娘(さぎむすめ)」という踊りですが、長唄の中では古典に属す古い曲です。そのため、詳細がつまびらかではありません。上演記録は複雑です。
※ 舞台ができるまで。長唄「鷺娘(さぎむすめ)」(舞踊鑑賞室)
※ ああ無常「鷺娘(さぎむすめ)」(舞踊鑑賞室)
※ 妖怪になった鷺娘、長唄「鷺娘(さぎむすめ)」全訳
////// 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」概略
現在「鷺娘(さぎむすめ)」の演目名で上演されるのは、一番古くに成立した2代目 瀬川菊之丞(1741~1773年)の作品です。四変化舞踊「柳雛諸鳥囀(やなぎにひな しょちょうの さえずり)」のひとつでした。
「柳雛諸鳥囀(やなぎにひな しょちょうの さえずり)」初演時の変化舞踊には上のと下の巻があり、「上」で瀬川菊之丞と市村亀蔵(1725~1785年)が四変化を踊り、「下」で坂東愛蔵、中村かしく、初代 尾上松助(1744–1815)が「華笠踊(花笠踊)」を踊ったと書いてあります。
文献が古いためよくわかりませんが「舞踊のうちの下の巻」とは、今でいう前座か終幕後のサービスのようなものなのでしょうか。清元「傀儡師」でも、終幕に「雀踊」が踊られています。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
■初演■
2代目 瀬川菊之丞(1741~1773年)、宝暦12年(1762)、江戸・市村座初演
■四変化(上の巻)■
(1) 長唄「けいせい」※現在の一般的な長唄「傾城」(1828年初演)とは違います
(2) 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」
(3) 長唄「布袋(ほてい)」※初代市村亀蔵(9代目市村羽左衛門、1724~1782年)
(4) 長唄「うしろ面」
■作曲■
初代 富士田吉次(1714~1771年)・杵屋忠次郎(生没年不詳)
■作詞
不詳(おそらく2代目 瀬川菊之丞)
まとめると邦楽年表上の「鷺娘(さぎむすめ)」は3種類あり、年代順では下記になります。
(1)
宝暦12年(1762年)江戸・市村座、四変化舞踊「柳雛諸鳥囀(やなぎにひな しょちょうの さえずり)」2代目 瀬川菊之丞作、初演。長唄、通称「旧鷺娘」。
(2)
文化10年(1813年)江戸・中村座、十二変化舞踊「四季詠寄三大字(しきのながめ よせて みつだい)」2代目 瀬川如皐(せがわじょこう、1757~1833)作、3代目 坂東三津五郎(1775~1832年)初演。長唄と常磐津のかけあい、通称「雪鷺娘」。
(3)
天保10年(1839年)江戸・中村座 八変化舞踊「花翫暦色所八景(はなごよみ いろの しょわけ)」3代目 桜田治助(1802~1877年)作、4代目 中村歌右衛門(1798~1852年)初演。長唄、通称「新鷺娘」。
後代へゆくほど「地獄もの」要素が薄れ、「花」の踊りへ変わってゆきます。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
////// 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」原型、謡曲「恋松原」と謡曲「雪」
「柳雛諸鳥囀(やなぎにひな しょちょうの さえずり)」作者・瀬川菊之丞の頭の中に、謡曲「恋松原」と、その後日談のような謡曲「雪」があったのは明らかです。どちらも作者不詳、いつの作かもわからないほど古いものです。
長唄「鷺娘(さぎむすめ)」の歌詞で有名な「妄執の雲」や「一樹の陰」は、能ではよく見る表現です。たとえば、謡曲「山姥」に「輪廻を離れぬ、妄執の雲の」という歌詞があります。「妄執(の雲)」は煩悩、「一樹の陰」や「袖の雪を払う」「笠をぬぐ」という表現は、妄念が消え成仏できることを暗示します。
なお、謡曲「雪」では上村松園(うえむらしょうえん、1875~1949年)の絵などで有名な、「序の舞」が登場します(「采女(うねめ)」「夕顔」「雪」で演じられる優美な女性舞)。
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謡曲「雪」 |
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- 作者不詳・伝承曲「恋松原(こいのまつばら)」※謡曲-
旅の僧が夜になって休もうとしていたところ、雪の中、ひとりの女性があらわれ旅僧に話しかける。僧侶は経験から「通常の人間ではない」と判断して読経したところ、女は喜び「忍び女として生きてきましたが、男に、ここで待てと言われ寒い中待ち続けていたら、死んでしまいました。誰にも気づかれず死にましたが、初めてお経を読んでいただき、やっと成仏できます」と感謝を述べる。やがて女のつれあいだった男の霊があらわれて恨みごとを言うが、僧侶は読経を続ける。女に置いてゆかれたと不満げな男の霊も、明け方には成仏し、消えてゆく。
[ツレ]雪の女
これは恋の松原とて由ある処なり ただ、かりそめの一樹の蔭とおぼしめさば。
さも浅ましき 邪淫の妄執。ともにあはれと思(おぼ)し召して 跡よく弔ひ給へとよ。
現代語訳
ここは「恋の松原」という由縁のある場所です。ただいっとき、仏のお慈悲をたまわりました、そうご理解くださいませ。お目にかかりましたのは、まことに賎(いや)しい邪淫の妄執にとりつかれた女でございます。どうぞ哀れと思し召し、わたくしたちの菩提(ぼだい)を弔(とむら)ってくださいませ。

[地謡]
なほ執心はつきぬ世の。つきぬ世の。因果の程もしら雪の。つもると見えしは罪障の山と現れ ごく縄しゆがうや べうどうの衆生となつて。紅蓮大紅蓮の氷に閉ぢつけられて。
現代語訳
浮世への執念は死してなお尽きず、因果の程度は降り積もる白雪と同じほど。積もった執念はそのまま罪障の山となり、平等大悲(びょうどうだいひ)の衆生(しゅじょう)のひとりとして獄縄(ごくなわ)につながれ、紅蓮大紅蓮地獄の氷の中に閉じ込められているのです。
[シテ]雪の男
笠もたまらぬ身の代衣(みのしろごろも、蓑代衣、蓑の代わりの粗末な防寒具)。
白雪の 袖をはらひ。
帰るさも。
現代語訳
蓑笠(みのかさ、雪よけの外着)かわり、貧しい衣に降り積もった妄念の白雪を袖から払うと、男の霊は「帰ろうかな」と。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
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- 作者不詳・伝承曲「雪」※金剛流(こんぱるりゅう)謡曲-
旅の僧が津の国の野田の渡に着いたところ、晴れていた空が一転にわかに雪吹雪となり、東西もわからないありさまになった。雪をしのごうとしていると、雪の中から女があらわれ僧侶に話しかける。僧侶が問うと、女は「白雪の中から生まれました。心の迷いを晴らしていただくために。どうぞお経を聞かせてください」と言う。僧侶が読経すると、雪の精は嬉しそうに踊って消えてゆく。
[シテ]雪の精
我も真如の月出でて。妄執の雪消えなん法の 恵日の光を頼むなり。
峯の雪 汀(みぎわ)の氷ふみ分けて。
現代語訳

~序の舞~
[シテ]雪の精
立ちのぼる東雲(しののめ)も。
現代語訳
おかげさまで闇夜が明け、東の空が明るくなりました。
[地謡]
明けなば恥かし暇(いとま)申して 帰る山路の梢にかかるや 雪の花 雪の花。
また消えきえとぞ なりにける。
現代語訳
夜が明けては恥ずかしくてここにいることもできず、おいとま申し上げます。お帰りの山道の木々のこずえには、雪の花が咲いていることでしょう。そう言って、雪の女はふたたび消えてゆき、やがて見えなくなったのだ。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
////// 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」原型、「踊口説(おどりくどき)」
清元「幻お七」の説明で、長唄に「地獄もの」と言えるようなジャンルがあると書きました。具体的には「踊口説(おどり くどき)」と呼ばれるものです。
「口説(くどき)」と呼ばれる音曲の起源は、仏教の声明(しんみょう、仏教音楽)だと言われます。「踊口説(おどりくどき)」は声明(しんんみょう)に振りをつけたもので、もっとも知られる「「祇園踊口説(ぎおんおどりくどき)」の場合、明暦(1655~1658年)の頃、京都・祇園で風流法師が突然唄いながら踊りだし、周囲を巻き込んで広まったものとされます(「松の落葉集」、1704年刊行)。踊念仏(おどりねんぶつ)とも言い、盆踊りの起源です。
「踊口説(おどりくどき)」に属する演目はさまざまですが、ここで注目したいのは幽霊や鬼が顕(あらわ)れて勝手に怨みごとを述べたあと、「地獄へ帰らないと!」と、また勝手に消えるパターンの「口説(くど)き」ものです。
出来た当時は深刻な場面だったのかもしれませんが、現代人のわたしの目にはどこか滑稽に、ふざけているように見えて興味深いものです。
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- 中村七三郎(1662~1708年)作「傾城浅間嶽」※松の落葉集(1704年刊)-
お家をのっとられようとしている諏訪家の姫「音羽の前」の許婚(いいなづけ)・小笹巴之丞(こざさ ともえのじょう)は、傾城・奥州(おうしゅう)と恋に堕ち、音羽の前を捨てた。すべてを捨てて駕籠(かご)かきになった巴之丞だが、廓の揚げ代を払えず、奥州を見請けすることができない。心配した音羽の前が禿(かむろ)に身をやつして巴之丞の前にあらわれ、奥州の起請文を火にくべたところ、煙の中から奥州の生霊が顕(あらわ)れ、激しい口説(くぜつ=怨みごと)を述べ始める。
あれご覧ぜよ 浅ましや。

のう、剱(つるぎ)の山の上に恋しき人は見えたり。
嬉しやとて よじ登れば、想ひは胸を砕く。
こはいかに恐ろしや。
花の姿もよわよわ よわと、
かしこに 立ちゆかんとすれば、ここに消え。
あるかなにかの春の夜の、おぼろ月夜に儚(はかな)くも 消えて形はなかりけり。
現代語訳
哀れとご覧ください、このみすぼらしい女を。
蛇淫の悪鬼(じゃいんのあっき)に体を責められ、
あぁ、恋しい人が剱(つるぎ)の山の上にいると思い、
嬉しがってよじのぼれば、胸を砕かれるのでございます、と。
これは何と恐ろしいことかと思っていると、奥州の花の姿も弱々としてきて、
あちらへ行こうとして、ここで消え果てた。
春の夜の、あるかないかわからないぐらい儚(はかな)い朧月(おぼろづき)の中へ、
吸い込まれるように消えて、形もなくなった。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
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- 大和屋甚兵衛(生年不詳~1704年)作「三つの車」※松の落葉集(1704年刊)-
座元も務めていた人気女形・大和屋甚兵衛(生年不詳~1704年)の作ですが、この演目については何も伝承されていません。
あら浅ましや 絶えがたや 煩悩蛇淫の身の苦しみに
鉄石立つこと一由旬(ゆじゅん、インド起源のながさの単位でサンスクリット語「ヨージャナ」)
仇な情けも心の鬼、登れと責むる剱(つるぎ)の山

くるくる くるくる 追(ぼ)ったてられては、
岩根にとりつき とりつき
登りてみれば 下より猛火吹きあがる
こは情けなや 悲しやな
助け給へと夕暮れの 月は霞(かすみ)に かきくもり
声ばかりして 失せにけり
現代語訳
なんとも見苦しく、耐えがたいほどの煩悩と蛇淫の苦しみに体をさいなまれ、
巨大な(123キロメートルほど)鉄の石を、突き立てられています。
情けを見せない鬼が、登れと責める剱(つるぎ)の山。

くるくる、くるくる、追い立てられては、
岩の裾にとりついて、とりついて、なんとか登ってみたところ、
下から業火が吹き上がってくるのです。
ここは情けないところ。悲しいところです、と。
お願い助けてと、夕暮れの月の霞(かすみ)に混ざって消えて、
声は聞こえるものの、姿は見えなくなりました。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
「傾城浅間嶽(けいせいあさまがたけ)」は、京都東山・信州浅間嶽の普賢菩薩(ふげんぼさつ)ご開帳にあたって作られた演目と伝わります。1868年に京都で初演されました。
「椀久出端(わんきゅうでは)」や「難波津壷論(なにわづつぼろん)」の作詞をしたこと、女形・水木辰之助(1673~1745年)「槍踊り」を振付けたことで知られる大和屋甚兵衛作「三つの車」の方は、「松の落葉集」に何度も登場する(何度も流行している)ものの、詳細は伝わりません。
ただし唄の途中で「ゆひがいなくも殺されて」とありますので、こちらは死霊とわかります。ちなみに「三つの車」とは「三法(さんぽう)」を暗喩しており、因果の小車(いんがのおぐるま)から逃れることを支援してくれる、「仏教の教え(仏、法、僧)」を意味します。

謡曲は「踊口説(おどりくどき)」の原型です。
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- 世阿弥(1363~1463年ごろ)作「野守」※謡曲-
山伏が旅の途中で大和国春日の里を通りかかると、向こうから野守の老人がやってきた。老人に土地の名所を尋ねるうち目の前にある沼の話になるが、老人は「野守の姿が朝夕と映るので野守の鏡と呼ばれるが、本当の野守の鏡は古来、このあたりを守っていた鬼が持っている」と答える。やがて夜になり、野守の鬼が鏡を持って山伏の前に顕(あらわ)れる。

[シテ]鬼と、[地謡]の掛け合い
天を映せば、
非想非々想天まで隈なく。
さて又大地をかがみ見れば、
まづ地獄道、
まづは地獄のありさまを現わす。一面八丈の浄玻璃(じょうはり)の鏡となつて。罪の軽重罪人の呵責、打つや鉄杖の数々、悉(ことごと)く見えたり。さてこそ鬼神に横道を正す、明鏡の宝なれ。すはや地獄に帰るぞとて。大地をかつぱと蹈みならし、大地をかつぱと蹈破つて、奈落の底にぞ入りにける。
現代語訳
天を映せば三界の最頂部・兜率天(とそつてん)まで隙間なく映し出し、
次に大地を見ようとすれば、
まずは地獄道を、
まずは地獄道のありさまを映し出す。
一面が八丈(24メートル)ほどの浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ、地獄にある鏡)となって、罪が軽いか重いか、罪人にそのとき呵責の念(かしゃくのねん)があったかどうか。鉄杖を打つや、すべてがことごとく映し出され、それを見る鬼神が道を正すことになる。仏の教えの「明鏡(みょうきょう)の宝」と同様のものだ。説明が終わるとさて、急いで地獄へ帰るぞと。大地をかっぱと踏み鳴らし、大地をかっぱと踏み破って、鬼は奈落の底へと戻って行った。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
////// 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」の真実
そもそも論ですが、四変化舞踊「柳雛諸鳥囀(やなぎにひな しょちょうの さえずり)」という演目の構成に着目すると、これは「踊口説(おどりくどき)の集大成」だったことに気がつきます。
(1)「けいせい」歌詞抜粋(悲しい女郎の口説。演者不明)
花と散りても消え残る 雪に足駄(あしだ)の跡もなく
想ふ心にむごや つらや さりとては
想ひくらせし なみだがわ
現代語訳
死んで花と散ったとしても消え残るものは、雪の上の足跡(あしあと)すらないだろう。
恋の想いは惨(むご)くて、つらい。さて、そうは言っても。
恋の想いの中で生きてゆくほかにない、涙の川。
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(長唄正本)鷺娘 |
(2)「鷺娘」歌詞抜粋(地獄に堕ちた女の口説。瀬川菊之丞)
一樹(いちじゅ)の内に恐ろしや地獄のありさま ことごとく
罪を糺(ただ)して閻王(えんおう)の鉄杖(てつじょう)まさに ありありと
現代語訳
仏のお慈悲のうちなのだけれど、地獄のありさまをことごとく示され、
罪をただそうという閻魔さまの鉄杖が、まさにそこへ、ありありと見えているのです。
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(長唄正本)「鷺娘」の、傘づくし |
(3)「布袋(ほてい)」歌詞抜粋(おめでたい和尚さんの話。亀蔵、七重郎、吉五郎)
唐国(もろこし)の桜と問へば 海棠(かいどう、桜に似た花)や その花のかは和国まで かくれなむをみ經山寺(きんざんじ) ほてい和尚の朝づとめ 木魚の音も世に高き
現代語訳
唐国(=東国)の桜はどれが良いか聞けば、東海道(「もろこしの=とうの」かいどう)といわれるだろう。その花の香(かおり)が大和の国へも届き、目には見えない南無阿弥陀の金山寺へ。ほてい和尚が朝づとめのお経をあげると、ありがたい木魚の音が浮世の空へ響き渡る
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(長唄正本)布袋 |
(4)「うしろ面」歌詞抜粋(女狐が尼になって修行する話。瀬川菊之丞)
あさましや 我ながらたまたま娑婆(しゃば)に生まれ来て 人を偽(いつわ)ることをのみ 憂き業(うきなりわい)とする畜生の いつか流転(るてん)を逃(のが)るべしなまうだ なまうだ 南無阿弥陀
現代語訳
我ながら見苦しいことに、たまたま浮世へ生まれてきて、人をだますことだけを生業(なりわい)にする畜生(動物)でございます。それでも、いつかは因果の車輪をのがれることができると信じて、なんまいだぶ、なんまいだぶ、南無阿弥陀と唱えているのです。
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(長唄正本)うしろ面 |
(5)「華笠踊」歌詞抜粋(二世を契れと勧める話。坂東愛蔵、中村かしく、尾上松助)
交わす枕のその肘枕 ひぢまくら 末はまことの妹背(いもせ)なか
つもる想ひは そっちもこっちも ものおもい 言うか言わぬか誓文かけて
神に誓いの二世まくら 契(ちぎ)るも浮世の恋ぞかし。
現代語訳
交わす枕に肘枕(ひじまくら)、将来は本当の夫婦になりたい。そのように積もる想いは、あっちもこっちもお互いさま。思い迷いながら誓文を書き、神に誓う二世の縁(えにし)。神さんと約束することもまた、浮世の恋なのだろうと。
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(長唄正本)華笠(花笠)踊り |
要するに「女郎(けいせい)なぞになると地獄に堕ちるよ(鷺娘)、お仏さん(ほてい)は優しいよ。尼になって救われる女狐(うしろ面)もいるぐらいだよ。ちゃんと結婚しなさいね(華笠踊)」という演目のようです。

////// 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」歌詞・註解
◆涙の氷柱(なみだのつらら)
冬に見えるかわいそうなものの代表格が、鷺の涙でした。実際に鷺が泣いているわけではなく、そのように見えるだけです。
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- 惟明親王(1179~1221年)「新古今和歌集(1116~1216年ごろ成立)」-
鷺の涙の氷柱(つらら)うち溶けて 古巣ながらや 春を知るらむ(1200年成立)
[現代語訳]
鷺の涙の氷柱(つらら)が溶けてきた。あいかわらず同じところに住んでいるけれど、おかげで春が来たと感じることができた。
★ぼったて、ぼったて
地獄の獄卒に追い立てられるさまを表現する、印象的な「ぼったてぼったて」ですが、近松門左衛門(1653~1725年)の浄瑠璃「出世景清(1685年、大阪・竹本座初演)」にその原型があります(百千万のけものをぼったてぼったて)。大和屋甚兵衛作「三つの車(成立年不詳)」にも出てくるので、「ぼったてる」が流行語のようになっている時期があったのだろうと思います。「ぼったてる」は、追い立てるという意味の言葉です。

★忍ぶ山
恋の国、奥州・陸奥(みちのく)にあったという山の名前です。「伊勢物語」15話・在原業平の東(あずま)下りに登場する、人妻への一方的な恋と、ひとりよがりで気持ち悪い下記の和歌で有名です。
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- 詠み人知らず「新勅撰和歌集(1232年成立)」-
しのぶ山 しのびて通ふ道もがな 人の心の奥も見るべく
[現代語訳]
しのぶ山の、しのんで通える道が欲しい。嫌だと言う、そのあなたの心の奥まで見たいから。
この和歌を受けた方の人妻は、ちょっとは嬉しく感じながら「こんな田舎ものの心の中を見て、どうするつもり?」と思ってしまい、無視して返事を返しません。こうして、業平の恋の旅は終わりを告げるのです(実際には、詠み人知らずの和歌をつなげた架空の物語です)。
★繻子(しゅす)の袴の襞(ひだ)とるよりも
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- 作者不明「山家鳥蟲集(江戸中期)」-
繻子(しゅす)の袴の襞(ひだ)とるよりも 様の 機嫌のとりにくさ
[現代語訳]
繻子(しゅす)の袴はくたくたして襞(ひだ)を付けにくいが、それにもまして、お前さまの機嫌のとりにくさときたら。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
////// 長唄「鷺娘(さぎむすめ)」の主人公と、歌詞(抜粋)
長唄「鷺娘(さぎむすめ)」はお女郎さん(傾城)が死霊か生霊になって雪の中に顕(あらわ)れ、衆生(しゅじょう)への警告のため口説(くぜつ=怨みごと)を述べる舞踊です。
よく言われる、白鷺が人間の男に恋をして人間になったあげく地獄に堕ちた舞踊、という伝承は何処(どこ)にも、何ひとつ書き残されていません。
初演時に刊行された草紙の「傘尽(かさづくし)」絵を見るかぎり、長々とした遊女特有の振袖をひるがえして、町娘の装束でもありません。これは当時話題になっていた、吉原の傾城の風流な衣装そのものです。

だいいち、「鷺娘(さぎむすめ)」歌詞に登場する「十六小地獄 (等活地獄)」は、不倫や男色などで恋の道を踏みはずした人間や、畜生(動物)を殺した人間が落ちる地獄であって、畜生(動物)自身が落ちる地獄ではありません。
◆歌詞(太字が現代語訳)
妄執(もうしゅう)の雲晴れやらぬ朧夜(おぼろよ)の 恋に迷いし 我が心
忍ぶ山(恋の国・奥州にあったという山の名前) 口舌(くぜつ)の種の恋風が
妄執の雲がいまだ晴れない、朧月夜(おぼろ づきよ)に、
恋に迷ったわたしのこころがうかびあがり、恋を探して彷徨い歩きます。
しのぶこころに、怨みごとの種になる恋風が吹き込んできたせいです。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
吹けども傘に雪もつて
積もる思いは 泡雪(あわゆき)の
消えて果敢(はか)なき 恋路とや
思い重なる胸の闇
せめてあはれと夕暮れに
ちらちら雪に濡れ鷺の しょんぼりと可愛いらし
吹けどもやむことのない雪が傘のうえに降り積もり、
積もる想いが淡雪のように、消えてはかない恋路になるかと思いきや、
想いはむしろ重なりあって、胸の裡(うち)に深い闇をつくってしまいました。
寂しい夕暮れどき、ちらちら舞う雪に凍(こご)えながら、
せめてお哀れみを、とばかり、
羽を濡らして佇(たたず)む鷺の、しょんぼりとかわいそうな姿。
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平成4年、仙台電力ホール、歌泰会「鷺娘」 |
~中略~
二六時中(にろくじちゅう)がそのあいだ くるり
くるり 追ひ廻(めぐ)り 追い廻(めぐ)り
遂(つい)にこの身は ひしひしひし
憐れみたまえ
我が憂身(うきみ)
語るも涙(なみだ)なりけらし
姿は消えて失せにけり[※唄われない場合もあります]

一日中やすみなく、
地獄の鬼たちがくるりくるりとわたしを追いまわします。
そうして最後には、この体はひしひし、ひしひし。
どうか、お哀れみを。
わたしの生身が責めさいなまれ、
聞くも涙、語るも涙なことになってしまったのです。
そう言いながら、白鷺の幻影は消えて見えなくなったのです。
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※ 舞台ができるまで。長唄「鷺娘(さぎむすめ)」(舞踊鑑賞室)
※ ああ無常「鷺娘(さぎむすめ)」(舞踊鑑賞室)
※ 妖怪になった鷺娘、長唄「鷺娘(さぎむすめ)」全訳
平成4年、仙台電力ホールで踊った、長唄「鷺娘(さぎむすめ)」という踊りを、紹介させていただきました。
踊り説明記事は水木歌惣と水木歌惣事務局の共作になります。コメントは水木歌惣、本文は水木歌惣事務局・上月まことが書いています。コピーや配布には許諾を得ていただくよう、お願いします。Copyright ©2019 KOUDUKI Makoto All Rights Reserved. |
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