2019年4月2日火曜日

清元おそるべし「玉兎(たまうさぎ)」全訳





平成22年、仙台電力ホールで踊った、清元「玉兎(たまうさぎ)」という踊りの説明の続きです。






////// 清元「玉兎(たまうさぎ)」に取り込まれた、江戸風俗

並木駒形(なみきこまがた) 花川戸(はなかわど) 山谷(さんや)掘りから チョイトあがる
長い土手をば 通わんせ
おいらんが お待ちかね
>>お客だよ
>>アイアイ
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いつの時代の作かわかりませんが、とても有名な「並木駒形(なみきこまがた)」という小唄です。

新吉原通いの風流客は、山谷掘(さんやぼり)から日本堤下(にほんづつみした)まで行くのに、船足の速い猪牙舟(ちょきぶね)を利用しました。そのため江戸では猪牙舟(ちょきぶね)を「山谷舟(さんやぶね)」とか「山谷の小船(さんやの おぶね)」とも呼びました。


日本橋を行き交う猪牙舟(ちょきふね)や荷足舟(にたりふね)


ウサギにだまされ土舟に乗せられた狸は、「浮いた波とよ山谷(さんや)の小船(おぶね) こがれ こがれて通わんせ」と、新吉原通いの猪牙舟(ちょきぶね)船頭が唄ったという舟歌を聞かされ「遊郭に行くぞ!」と、はしゃぎます。


平成22年、仙台電力ホール、歌泰会「玉兎(たまうさぎ)」





////// 清元「玉兎(うさぎ)」概略

清元「玉兎(たまうさぎ)」は、本名代(ほんなだい)を「玉兎月影勝(たまうさぎ つきの かげかつ)」と言い、七変化舞踊『月雪花名残文台』(つきゆきはな なごりの ぶんだい)のひとつとして、3代目 坂東三津五郎(1775~1831年)が演じたものです。


■初演■
文政3年(1820)、江戸・市村座

■七変化■
(1) 長唄「浪枕月浅妻(なみまくら つきの あさづま)」→現在の「浅妻船」
(2) 清元「玉兎月影勝(たまうさぎ つきの かげかつ)
(3) 長唄・清元「狂乱雪空解(きょうらん ゆきの そらどけ)
(4) 長唄「猩々雪酔覚(しょうじょう ゆきの よいざめ)
(5) 長唄「寒行雪姿見(かんぎょう ゆきの すがたみ)」→現在の「まかしょ」
(6) 富本「女扇花文箱(おんなおうぎ はなの ふみばこ)
(7) 長唄「恋奴花供待(こいのやっこ はなの ともまち)

■作曲■
清沢万吉(初代 清元斎兵衛、生没年不詳)

■作詞■
2代目 桜田治助(1768~1829年)

■振付■
3代目 藤間勘兵衛(生年不詳~1821年)
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2代目 市山七十郎(いちやま なそろう、生没年不詳)
もしくは
3代目 市山七十郎(いちやま なそろう、生年不詳~1875年)
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絵草紙「景勝団子」




//////「玉兎(たま うさぎ)」の内容

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- 伝承「かちかち山」

おばあさんを殺された狸に仇討ちがしたいと、おじいさんから相談された兎。おじいさんに代わって狸を芝刈りに誘うと、火打ち石をカチカチして狸の背負った柴に火をつけて火傷させ、火傷のあとに辛子入りの味噌を塗って痛がらせ、漁に誘い出すと泥舟に乗せて狸を成敗した。


よく知られた「カチカチ山」の物語ですが、狸を成敗する過程がむごいということで、江戸期には既に成敗の内容を、ものの本にはハッキリ書かないようになりました。

幕末に作られたにもかかわらず、そこをわざわざ説明しているのがこの清元です。むしろ、江戸期~明治期の御伽草紙よりずっと詳しい部分さえあります。
雁股(かりまた)

清元「玉兎(たまうさぎ)」は、なんと、、、
(1) 雁股(かりまた)でシャーッとする→刃物で切り刻む
(2) 火打ち石でカチカチする→表面をあぶる
(3) 唐辛子(味噌)を滲みらせる→香辛料を使った味噌に浸(つ)け込む
(4) 土の舟に乗せ下からブクブク→土鍋に入れて水から煮る

と、詳細に描いています。というか、食べてる?
食べたら駄目でしょ、だってその狸はおばあさんを○×△○×△喰○×△○×△!



明治12年、この「玉兎月影勝(たまうさぎ つきの かげかつ)」を元とする義太夫「音冴春臼月(ねもさゆる はるの うすづき)」、別名「団子売」が文楽座で初演されています。

歌詞に出てくる「景勝団子(かげかつだんご)」は、その形が上杉景勝の生家・長尾家の鉾先(ほこさき)に似ていたところから名が付いたと言われ、享保(1716~1736)の頃に、ものの本に登場します。「団子売という踊り」(全訳)の記事にも書きましたが、「飛び団子」というのは曲芸売りの一種で、並ばせたお客の口の中へ捻った団子粒を投げ入れる曲芸です。飛び飴、飛び団子などがありました。

「景勝団子」は流行していたから名前を使われただけ、飛び団子の場合、曲芸のあとには普通の団子を売ったので、団子の種類は「景勝団子」に限定されません。

団子売の歌詞では
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(原文)
今度今度仕出しぢゃなっけんけれど
雪か花かの上白米を 痴話と手管でさらせて(さらして)挽いて
情けでこねてしっぽりと 飛び団子

(現代語訳)
このたび、新趣向と言うほどじゃ、ありゃしませんが、
雪か花かと思うほど、真っ白い上新粉を
恋の遣り取りと手練手管でさらし、
情愛でこねてしっぽりと、団子を作り飛ばしてみせましょう。
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と、まじめに唄います。ところが、清元はこうです(清元が元)
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(原文)
餅じゃござらぬ望月の 月の影勝 飛び団子

(現代語訳)
いえ、餅ではござらん。真ん丸の望月(もちづき)の、月の陰から飛び出した。
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この部分は「餅(もち)」と「望月(もちづき)」、「陰(かげ)から」と「景勝(かげかつ)」、「飛び出した」を「飛び団子(とびだんご)」で洒落たものです。つまり、清元「玉兎(たまうさぎ)」では「景勝団子」はたんなる駄洒落に使われています。

清元しゃれっ気、おそるべし。


平成22年、仙台電力ホール、歌泰会「玉兎(たまうさぎ)」



唄の終わりは「古今和歌集」を引用し、おごそかに締めます。
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- 詠み人知らず(290番)「古今和歌集平安時代前期の勅撰和歌集
吹く風の 色のちぐさに見えつるは 秋の木の葉の 散ればなりけり

(現代語訳)
風がさまざまな色に見えるのは、秋の木の葉が散るせいだろう





////// 歌詞(太字が現代語訳)

(げ)に楽天(らくてん)が 詩(からうた)
つらねし秋の名にしおう
三五夜中(やちゅう、八月十五日の名月) 新月の 中に餅つく玉兎(たまうさぎ)
餅じゃござらぬ望月(もちづき)の 月の影勝(かげかつ) 飛び団子

実際、白楽天(白居易=はくきょい、772~846年)の中国詩で有名な中秋の名月。
三十五夜(八月十五日夜)になると、
新月のようなもので、人が目で見ることはできないのだが、
玉兎(ぎょくと、月のウサギ)が月の中で餅をついているという。すると、
いいえ、突くのは餅ではござらぬ、景勝団子でござります。と、そう言って、
真ん丸の望月(もちづき)の、月の陰からウサギが飛び出した。


平成22年、仙台電力ホール、歌泰会「玉兎(たまうさぎ)」

やれもそうや やれやたさてな 臼と杵とは 女夫(めおと)でござる
やれもさやれもさ 夜がな夜ひと夜(よ) おおやれ
ととんが上から月夜にそこだぞ
ヤレこりゃ よいこの団子ができたぞ おおやれ やれさて
あれはさて これはさて どっこいさてな
よいと よいと よいと よいと よいとなとな
これはさのよい これはさておき

やれもさ、そうややれ、やれさてな、臼と杵とは夫婦でござるよ。
やれもさ、そうややれ、やれさてな、
夜がな、この夜ひと夜とたいせつに。
おおやれ、やれさ。
父ちゃんは上から。月夜だ、それそこだ。
やれこりゃ、お陰で良い子の団子が出来たぞよ。
おおやれ、やれさて。
あれをして、これをして、どっこいさて。
よいと、よいと、よいと、よいと、よいとなとな。
これはよい夫婦、それはさておき。


むかしむかし やつがれが 手柄を夕べの添乳(そえぢ)にも
婆食(く)た 爺やが その敵(かたき)
討つやぽんぽらぽんと腹鼓(はらつづみ)
狸の近所へ 柴刈りに きゃつめも背(せ)たら大束(おおたば)
えっちり えっちり えぢ かりまた シャござんなれ
こここそと あとから火打ちでかっちかち かっちかち
かっちかち かちかちのお山といううちに
あつつ あつつ そこで火傷(やけど)のお薬と
唐辛子なんぞでみしらして 今度は猪牙船(ちょきぶね) 合点だ
こころえ狸の 土の船 おも舵とり舵ぎっちらこ

平成22年、仙台電力ホール、歌泰会「玉兎(たまうさぎ)」

むかしむかしの、この賎僕(やつがれ)めの、手柄話を申しあげましょうから。
乳飲み児(ご)のお伽(とぎ=寝かしつけ)にでも、話して聞かせてくだされませ。
おばあさんを喰った狸への、おじいさんからの敵(かたき)討ち。
(かたき)を討つと腹がふくれ、ぽんぷらぽんと腹鼓(はらつづみ)を打ったものです。
狸の住まいの近くへ芝刈りに行き、きゃつめが背負った大束(おおたば)を、
えいえい、えぢ!っと雁股(かりまた)で、シャーッと切ってござります。

そうして弱ったところを、今だ!っと、火打ち石でカチカチ、カッチカチ。
何の音? と聞かれたら、「カチカチ山だから」と言いいながら火を点けて。
あつつ、あつつ、となったところで火傷(やけど)のお薬ですよ、とだましてやり、
唐辛子(味噌)なんぞで滲みさせて。
次に猪牙船(ちょきぶね)へ誘うと、きゃつめは大喜びで「合点だ!」と。
心得えたように吉原へ向け、右へ左へ舵(かじ)を廻してギッチラコ。


浮いた波とよ山谷(さんや)の小船(おぶね) こがれ こがれて通わんせ
こいつはおもしろ俺(江戸期は「you」もしくは女性の一人称)さまと
洒落(しゃれ)る下(した)より
ぶくぶくぶく のうのう これはも泣きっ面
よい気味しゃんと かたき討ち 
それで市が栄えた

♪ 浮いた浮いた、波に流され山谷(さんや)の小船(おぶね)
♪ 遊女に焦がれ、焦がれて、通いませ。
こいつぁ風流なさまだ、お前は風流さまだ(=「おもしろおいさま」)
と、駄洒落を言っている下から、土の舟が溶けて、ぶくぶくと。
のうのう、と言いながら狸はもう泣きっ面。
よい気味だ、しゃんと敵(かたき)を討ったぞよ。
そうしてめでたし、めでたしだ。


手柄話にのりがきて
お月様さえ 嫁入りになさる ヤトきなさろせ
とこせい とこせい 年はおいくつ十三 七つ
ほんにサァ お若い あの子を産んで
ヤットきなさろせ とこせいとこせい 誰に抱かせましょうぞ
お万に抱かしょ 見てもうまそな品物(しなもの)め しどもなや
風に千種(ちぐさ)の花兎(はなうさぎ) 風情ありける月見かな

手柄話を話すうちに調子にのり、ウサギさんが唄います。
お月さまさえ嫁入りなさる。
まず、こっちへ来なさい、とことこせ。
年はいくつだい、ほう十三七つか。
(はは)さんはほんにお若いのに、あの子を産んで。
まず、こっちへ来なさい、とことこせ。
誰に抱かせようか、お万に抱かそうか。
見れば見るほど、たくさん産みそうだ、とお月さまを品定め。


平成22年、仙台電力ホール、歌泰会「玉兎(たまうさぎ)」


しょうがないウサギさん。
色とりどりの枯葉にのって、風が騒ぎます。
おかげで花兎金襴(はなうさぎ きんらん、金襴緞子の絵柄)のような、
散る花の木の下にウサギが見える、風流な月見になりました。

//////

※「玉兎(たまうさぎ)」という踊り、の記事はこちら





義太夫「団子売」もとても美しい演目です。その元である清元「玉兎(たまうさぎ)」も、途中はちょっと○×△ですが、とても美しい曲と歌詞なのですよ。

踊り説明記事は水木歌惣と水木歌惣事務局の共作になります。コメントは水木歌惣、本文は水木歌惣事務局・上月まことが書いています。コピーや配布には許諾を得ていただくよう、お願いします。Copyright ©2019 KOUDUKI Makoto All Rights Reserved.







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