2018年12月21日金曜日

愛の物ぐるい「保名(やすな)」全訳





以前に紹介させていただいた
「保名(やすな)という踊り」の記事では、

歌舞伎舞踊の元となった浄瑠璃「芦屋道満大内鑑(あしやどうまん おおうちかがみ)」の説明や、信太(しのだ)の森の狐伝説などを中心に、どちらかというと伝説上の保名(やすな)の息子・安倍晴明(あべのせいめい、実際の父親について記録なし)について、文化論的に説明しました。

でも、歌舞伎舞踊曲・清元「保名(やすな)」はもちろん大人気の演目で、歌詞もとても面白いので、こちらも紹介させてください。

※「保名(やすな)」という踊り(1)の記事は、こちらからどうぞ
※「保名(やすな)」という踊り(2)の記事は、こちらからどうぞ





////// 歴史

本名題(ほん なだい)を「深山桜及兼樹振 (みやまのはな とどかぬ えだぶり) 」といい、文化15年(1818)3月、江戸・都座にて3代目 尾上菊五郎が初演した「四季七変化」のうち、「春」にあたる踊りです。

作詞・初代 篠田金治(並木五瓶=なみきごへい、1768~1819年)、作曲・初代 清澤萬吉(のち初代 清元斎兵衛、生没年不詳)、振付・藤間大助(2代目 藤間勘十郎、1823~1882年)で、初演以降絶えていたのを9代目 市川団十郎(1838~1903年)が復活上演し、大正時代になってから6代目 尾上菊五郎(1885~1949年)と5代目 清元延寿太夫(きよもと えんじゅたゆう、1862~1943年)が、現在の演出にあらためました。

錦絵「芦屋道満大内鑑(あしやどうまん おおうちかがみ)」




////// 見どころ、特徴

作曲者である初代 清澤萬吉が2代目 富本斎宮太夫を襲名していたため、原曲は清元の原型・富本節の流れを汲んだ古いものです。

それをあらためた新しい清元の歌詞の中には、世阿弥作「恋重荷(こいの おもに)」のひとふしと、江戸時代の奇人変人・来山翁(らいざんおう)こと、談林派の俳人・小西来山(こにし らいざん)の人形好みが取り込まれています。とりわけ小西来山の人形愛は、何のために取り込んだやら、その意図するところがどうもわかりません。


-世阿弥(生年不詳~1443年)作「恋重荷(こいの おもに)」※観世流 謡曲-
白河院の庭で菊の世話をする「山科の荘司」という者が、院の女御(にょうご)に恋心を抱いて仕事をおろそかにするため、女御は美しい装飾の重い荷物を与え「この荷を担いで百度、千度と庭を回ったら、姿を見せてあげよう」と、家臣を通じて伝えさせた。抱えられない荷物を与えることで身分違いをわからせ、諦めさせようとしたのだが、重荷を果敢に持ち上げようとして持ち上げられなかった荘司は、女御の仕打ちを恨んで、死を選ぶ。


ワキ(家臣)
山科の荘司重荷を持ちかねて、御庭にて虚しくなりて候。かような賎しきものの一念はおそろしき候。なにか苦しう候べき。そも御意(おんい)であって、かの者の姿をひと目ご覧ぜられ候へ。
-現代語訳-
お申しつけのせいで山科の荘司が死にました。身分がひくい者の一念は恐ろしいと言いますし、何かさわりがあるかも知れません。貴女さまのご意思によるものですから、遺体をひとめ、ご覧になってはいかがでしょうか。

シテツレ(女御)
恋よ恋、我が中空(なかそら)になすな恋、恋には人の死なぬものかは。無残の心やな。
-現代語訳-
恋よ、荘司の恋よ。わたしを冥途の途中まで、一緒に連れては行かないでおくれ。恋のせいでは人は死なないというけれど、そうでもないのね。なんてかわいそうな、荘司の心でしょう。

シテ(荘司、のち怨霊)
我はよしなや逢い難(がた)き、巌(いわお)の重荷持たるるものか。あら恨めしや葛の葉の 玉襷(たまだすき)畝傍(うねび)の山の山守(やまもり)も、さのみ重荷は持たればこそ、重荷というも思いなり。
-現代語訳-
お会いすることもできない貴女さまのために、岩のような重荷を持てるものでしょうか。あぁ、恨めしい(※葛の葉は「恨」の枕詞)。神聖なる畝傍山(うねびやま、奈良県、※玉襷は「畝傍」の枕詞)の神さまも「重荷というのは持てるものを言うのであって、持てもしないものは重荷ではなく悪意だ」と、仰(おっしゃ)ることでしょう。

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錦絵「保名」


「保名」の唄いだしは「恋や恋、われ中空に為すな恋」です。謡曲「恋重荷」では荘司の怨念を恐れた女御の「中空(冥途の途中)へ連れてゆかないで」なのですが、「保名」は恋人の死のせいで狂乱状態なので、同じ意味合いではないでしょう。

ちなみに「中空」や「枝の上」「花枝」は、6代目 尾上菊五郎が多用した演劇モチーフです。フレイザー(Sir James George Frazer、1854~1941年)『金枝篇』(The Golden Bough, 1890~ 1936年)に出てくる「聖森にある大木の、中空で輝く金枝(クリスマス飾りに使われる、オークの大木に寄生するヤドリギなど)は、あの世とこの世の通行手形」というラテン・ガリアのアニミズム(animism)同様の自然信仰が、わが国にも存在するのです。


いっぽう小西来山は、江戸時代の有名文化人です。談林派の俳人で晩年は大阪の今宮で暮らし、吉野太夫を模した土人形を愛したあまり「女人形記」なるものを残しました。

-小西来山(こにし らいざん、1654~1716年)「女人形記」-
弟子に話したことだが、焼き物の人形はものも言わないし笑わなくて寂しいが、その代わり焼きもちを焼くこともなく、住まいを汚すこともなく留守にしても心遣いは不要だ。酒を飲まなくてつまらない相手だが、さもしげに何かを食べることもなく、化粧はせず、一張羅を着つづけて寒がることもない。夏はさわるとヒンヤリ、夜は暖めるとよい加減に温かくなる。なんや、ほんまに? と、いうぐらい、良いものだよと。

現実の女性に失望したあげく、ガラテアと名づけた自作の彫刻を愛し、愛の女神・アプロディーテに祈って人間に変えてもらったピグマリオン(Pygmaliōn、ギリシア神話)とは、ずいぶん異なる人形愛です。小西来山は、「ほんとうの女よりずっと手間がかからない」から、人形が良いと言っているように読めます。それは理解できますが、どうして「保名(やすな)」の歌詞で言及されているやら、わかるようでわからないエピソードです(たんに、流行していたのでしょう)

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錦絵「母・葛の葉、父・保名、(のちの)安倍清明」




////// 歌詞(全訳)

-原文-
恋よ恋 
われ中空(なかそら)に為(な)すな恋
恋風が来ては
(たもと)にかいもつれ
思う中をば吹きわくる
花に嵐の狂いてし

心そぞろにいずくとも
道行く人に事問えど
岩せく水と我が胸と
砕けて落ちる泪(なみだ)には

かたしく袖の片思い
姿もいつか乱れ髪
たがとりあげていう事も
菜種の畑にくるう蝶
翼交わしてうらやまし
野辺のかげろう春草を
素袍袴(すおう ばかま=江戸時代の武士の礼服)に踏みしだき
くるいくるいて来たりける
平成8年、歌泰会「保名」

なんじゃ恋人がそこへいた どれ どれどれ エゝまた嘘云うか
わっけも無い事 云うは ヤーイ

アレ あれを今宮の
来山翁(らいざんおう)が筆ずさみ
土にんぎょうのいろ娘
高嶺(たかね)の花や折る事も
泣いた顔せず 腹立てず
りんきもせねばおとなしう
アラうつつなの 妹背中

(ぬし)は忘れて ござんしょう
しかも去年の桜どき
うえて初日の初会から
逢うてののちは一日も
便り聞かねば気もすまず
うつらうつらと夜を明かし
平成8年、歌泰会「保名」
昼寝ぬ程に思いつめ
たまに逢う夜の嬉しさに
ささごとやめて語る夜は
何時(いつ)よりも つい明けやすく
いのう いなさぬ 口説(くどき)さえ
月夜烏(つきよ がらす)にだまされて
いっそ流して居続けは

日の出る迄もそれなりに
寝ようとすれど 寝られねば
(ゐ)ぬを恨みの旅の空

よさの泊りはどこが泊りぞ
草を敷き寝の肘まくら 肘まくら
一人り明かすぞ悲しけれ
悲しけれ
葉越しの葉越しの幕の内
昔恋しき俤(おもかげ)や 移り香や


-現代語訳-
恋よ、恋の嵐よ、
わたしを黄泉路と現(うつつ)のはざ間へ、連れて来てくれたのだなぁ。
恋が風のようにやってきて、
たもとの中まで吹き込んで、もつれにもつれ、
思うままに吹きなぐってくれているよ。
花に、狂乱の嵐が襲い掛かっているかのようだ。

こころが落ち着かず、ここは何処ですかと、
道ゆく人に問うことは問うのだけれど、
岩を走り落ちる水のように、
わたしの胸の中を砕けて落ちる滝のような涙がとまらず、
何処にもゆくことができないのだ。

平成8年、歌泰会「保名」

衣を枕に旅寝の片思い。
衣服も髪もいつか乱れてしまい、
ことさらに興味を惹かれた誰かが、こちらに向かって何か言うほど。
菜種畑に飛び狂う蝶の、
羽を交わして睦みあうのが、ただ、うらやましい。
野辺に陽炎(かげろう)のように生い立つ春の草を、
素袍袴(すおう ばかま)で踏みしだき、
狂い狂いながら、ここまでやって来たのだが。

なに、わたしの恋人がそこにいたと。どれどれ、エエ、また嘘を言われた
根拠のないことを言うのはやめてください、あぁ、やめてください。

アレ、あれこそ今宮の、
来山翁(らいざんおう)が筆の遊びに書いたという、アレなのか。
吉野太夫徳子を模した、陶器で出来た人形とやら。
吉野太夫は高値の花だが、その花を折る必要もなく、
泣いた顔をすることもなく、腹を立てることもなく、
焼きもちも焼かねば、いつも大人しく待ってくれている。
なんやて、ほんまかいや ?
と驚くほど、良い恋の相手だという。
(そんなわけ、あるかいな。わたしゃ現実の女の方が、よっぽど良いわい)

平成8年、歌泰会「保名」

あなたは忘れていらっしゃる。
まだたった、去年の桜どきのことなのに、
初めて花が咲いた日に初めて出会い、
そのあとにはただの一日も、
お互いの便りを遣り取りしないでは気が済まず、
会うことができなければ、うつらうつらと寝ることもできずに夜を過ごし、
寝足りないにもかかわらず、
昼にも寝入ることができないほど思いつめて。
たまに遭えた夜には嬉しさのあまり、
酒も呑まずに語り合い、
何時に始めようが、すぐに朝になってしまうと感じるほど。
帰ろうかな、と言うと、
帰らせないわと、あなたが言って口げんかになる。
月夜のカラスが立てる音に騙されたふりをして、
いっそ、何もかも水に流してしまって、長居したものだ。
(それをあなたは忘れてしまったのですか)
(わたしを忘れて、いったい何処に、いらっしゃるのですか)

日の出頃にはそれなりに、
寝ようとはするけれど、寝ることができず、
眠れないじゃないか、と、いない相手に恨みごとを口にしてみる、旅の空。
平成8年、歌泰会「保名」

今夜のお泊まりはどこですか。
草を敷いて、肘枕で寝るのです。
悲しいことに、たったひとりで夜明かしです。
あぁ、悲しいことに。
あの日、重なりあった枝々と
重なりあった葉の先にしつらえた陣幕の、
その内陣に座っていた、
わたしの恋人の面影は、
何処へ行ってしまったのですか。
わたしの恋人の移り香を、
こんなにも、探しているのに。

****************


原文のままでも読みやすく十分かわいそうに感じる歌詞ですが、全歌詞を現代文に書き起こすと、衝撃的な悲しさに、胸を打たれる思いがします。

挿入した歌舞伎錦絵の、のちの安倍清明を背負い子育てにいそしんでいるパパ保名の姿に、何故かホッとしてしまう、バカバカしいわたしです(笑)

※「保名(やすな)」という踊り(1)の記事は、こちらからどうぞ
※「保名(やすな)」という踊り(2)の記事は、こちらからどうぞ




ただの架空の物語ですが、保名(やすな)はしあわせになってくれて、ほんとうに良かったです!(親戚か)

踊り説明記事は水木歌惣と水木歌惣事務局の共作になります。コメントは水木歌惣、本文は水木歌惣事務局・上月まことが書いています。コピーや配布には許諾を得ていただくよう、お願いします。Copyright ©2018 KOUDUKI Makoto All Rights Reserved.







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